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東京高等裁判所 昭和57年(う)368号 判決 1983年1月26日

本店の所在地

静岡県田方郡條山町南韮五四七番地の一七

被告人

株式会社サンケイ総業

右代表者代表取締役

廣田仁

右の者に対する法人税法違反被告事件について、昭和五六年一二月一六日静岡地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官宮本喜光出席のうえ審理をし、次のとおり判決する。

主文

原判決中被告人に関する部分を破棄する。

被告人を罰金一、六〇〇万円に処する。

原審における訴訟費用は、原審相被告人廣田仁と連帯して被告人に負担させる。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人加藤静富、同中村順英連名の控訴趣意書に(ただし、弁護人はすべて量刑不当の主張である旨釈明した。)、これに対する答弁は検察官宮本喜光名義の答弁書に各記載されたとおりであるから、これらを引用する。

所論は、要するに、原判決の量刑は重過ぎて不当である、というのである。

そこで検討すると、本件は金融業及び木材の販売等の事業を営む被告人の業務に関し、代表取締役である廣田仁において法人税を免れようと企て、金融業による利息収入の全部、及び木材売上の一部を除外するなどして、簿外預金を設定するなどの不正な方法により所得の一部を秘匿したうえ、昭和五一年一月期、同五二年一月期、同五三年一月期の三事業年度において各虚偽過少の法人税確定申告をなし、右三事業年度の合計所得が一億七、二一〇万五、八九六円で、これに対する正当な税額が合計六、六六六万三、九〇〇円であったのに、合計三八〇万三、二三五円の所得申告をしただけで、申告税額合計一四一万八、〇〇〇円との差額六、五二四万五、九〇〇円を免れたという事案であるが、逋脱税額が右のように多額であるうえ、所得の申告率は年平均約二・二パーセントに過ぎず、税逋脱率は同九七・八パーセントと高率であって、右外形事実だけからしても被告人の納税意欲は極めて乏しいと見られてもやむを得ないものがあり、しかも所得のうち利益発生の主要部分を占める金融業の利息収入を、被告人とは別個の岩本商事こと岩本嘉雄の個人所得として申告していて、被告人の所得からは全く除外していたという態様の点に鑑みると、法人税法違反事件としての犯情は芳しくなく、原判決が被告人に対して求刑どおりの罰金二、〇〇〇万円(逋脱税額の約三〇・六五パーセントにあたる。)を科したことは、それなりにこれを首肯し得ないわけではない。

しかしながら、被告人の事業活動及び経理事務の内情について見ると、同会社は代表取締役廣田仁が主宰する個人会社であって、当初は不動産の売買、仲介等を目的として設立され、その後間もない昭和四八年八月頃、右廣田が以前にサンケイ商事の名称で営んでいた金融業を手放すことにし、その貸付債権の一部(総額約一億三、〇〇〇万円中の約八五九万円の部分)を岩本嘉雄に有償で債権譲渡し、その余の部分もいずれは譲渡する予定で岩本に取立等の管理を委託したので、岩本もこれに応じて「岩本商事」名義で貸金業の届出をし、右譲受債権や管理を託された貸金債権の取立等に従事し、当初は右岩本の金融業の収支と被告人の事業の収支とは区別して取扱われていたが、一方で廣田の側が翌四九年後半頃から被告人の事業として、多額の資金を要する木材売買業に手を拡げたため、廣田において「岩本商事」側で入る回収金や利息等を、右木材売買に要する資金として流用するようになり、右両事業の資金混交が昭和五〇年に入って以後は恒常化したため、岩本商事名義の金融業をやがては独立させるという岩本の見込ははずれてしまい、客観的には岩本の金融業活動は被告人の事業の一部門としての活動と見られてもやむを得ない状態になっていたこと、しかし廣田においても岩本においても、廣田が資金主であって、岩本がその資金を運営して共同で金融業を行なっているような意識が存在していたため、岩本が実際に担当する金融業による利益が、被告人に帰属するのか、岩本個人に帰属するのかは、必ずしも前者の方だけであると明瞭に認識されていたわけでなく、岩本の方で相応部分の分け前はあるが、その配分は将来に持ち越すという考えで両者ともに推移してきたものであること、また廣田、岩本の両者に共通して、岩本商事名義による金融業の活動上、いわゆる貸倒れとして書換えによって計算上利息が入るだけの不良貸付債権がかなりの範囲で発生し、昭和五三年四月に国税局の査察が入った段階で総額約三億九、〇〇〇万円あった貸付債権のうち、約一億円弱が右不良貸付であるように認識していたところ、実際にその後の調査の結果は、本件三事業年度分で合計約四、八六〇万円の貸倒れ損失があると税務当局によって認められたが、その他にも事実上回収できない分も相当多く存在し、昭和五四年度以降において債権放棄等の処理を経たうえ損金処理による申告が税務当局から認められていること、従って廣田や岩本において、岩本商事名義により岩本に、実際よりも過少の確定申告をさせることの認識はあったが、その主観的心情においては、計算上の利息収入についてまるまる脱税するという意識は強くなかったと思われること、以上のことが本件の特殊事情として認めることができる。そうすると、右事情は被告人(実際上は廣田)が岩本商事名義による金融事業を、当初から被告人の脱税の手段として意図的に行ない、右事業の全所得を被告人の所得から除外していたという場合と比べて、脱税意識の強弱の点に関しある程度斟酌すべき事情であると考えられる。

そして、被告人の経理事務は従来ルーズであり、会計の記帳処理も完全にはされていなかったが、本件の査察以後その点は改善されていること、本件違反にかかる法人税につき、本税は三事業年度とも完納され、重加算税、延滞税の方も大半は納付していることに加え、当審において被告人は原審におけるような抗争的態度を改め、原判決の事実認定を争わない態度に出ているほか、原判決後において加算税、延滞税中四六〇万円を納付して未納部分の減少に努力したことを前記被告人のため斟酌すべき事情と併せて考慮するならば、被告人に対する原判決の量刑は、現段階においては重きに過ぎてこれを破棄しなければ明らかに正義に反すると認められる。

よって、刑訴法三九七条二項により、原判決中被告人に関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書により被告事件についてさらに判決をする。

原判決の認定した罪となるべき事実に、原判決が被告人につき適用したのと同一の法令(併合罪の処理も含む)を適用し、その所定罰金額の範囲内で被告人を罰金一、六〇〇万円に処し、原審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項本文、一八二条により、原審相被告人廣田仁と連帯して被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 海老原震一 裁判官 和田保 裁判官 新田誠志)

○控訴趣意書

被告人 株式会社サンケイ総業

右被告人に対する法人税法違反被告事件についての控訴の趣意は、次の通りである。

昭和五七年五月一三日

右弁護人 加藤静富

同 中村順英

東京高等裁判所 御中

一 「受取利息」収入の帰属についての認識

1 客観的帰属

(一) 受取利息の客観的帰属については、既に、本件三ヶ年分につき被告会社も岩本嘉雄も修正申告をなし、岩本は、既払税額の還付を受け、又、その後も、金融業の営業は「岩本商事」名義で続けているものの、税務申告名義は被告会社名義でなしているので、刑事事件においても、特にこの点は争わない。

(二) しかし、受取利息収入の客観的帰属については、原審公判廷において、岩本、廣田両名が力説したごとく、必ずしも一義的に明白なものではなかった。(その意味で、刑事事件において要求される事実認定の厳格性からは若干の疑問は残る)

原審記録から明らかな通り、岩本と廣田、被告会社の関係は、単純明解な従業員とその雇主という関係ではなく、いわば、雇われ経営者とそのスポンサー、資金主という関係にあり、かつ受取利息収入が、その都度、あるいは毎年、その帰属が明白な形に転化(例えば会社、個人等の不動産等の有形固定資産等に転化)することなく、「岩本商事」名義の貸付残高の増加等の流動資産の増加の形式で存続してきたため、廣田、岩本、被告会社三者間の帰属の判断は、相当に難しい問題を孕んでいるのである。

即ち、受取利息収入として形成された資産は、未だ未分割ではあるが、将来、例えば岩本が廣田あるいは被告会社から離れる際には、相当程度分割を受けうる潜在的権利を有する資産として存在するのである。(その意味では、夫婦が共同して形成した夫名義の資産に類似するだろうか)

(三) 又、本件においては、たまたま、被告会社は営利法人であり、岩本商事は個人であったため、帰属について、検察官指摘の、受取利息収入は全て被告会社に帰属する旨の認定が素直に出てきやすい素地があったが、仮に岩本商事も会社組織となっていた場合、果してかかる認定が素直に肯定されたか、極めて疑問である。廣田あるいは被告会社が、「岩本商事株式会社」の大株主であって、岩本商事株式会社の経営に絶大な支配力を及ぼしていたとしても、岩本商事名義の営業によって得られた収益が、岩本商事株式会社でなく、その大株主の所得と認定されるとは到底思えないのである。

本件は、法人格こそないが、まさにかかるケースなのである。「岩本商事」のスタートにおいて、岩本嘉雄個人の資金が、八五九万円と金額こそ少ないが、投入されていることは疑のないところであり、発足当初の「岩本商事」の貸付残を会社の株式出資金にたとえれば、約一億円が廣田個人、八五九万円が岩本個人という形で「岩本商事」はスタートしているのである。被告会社の資金は、この時点では全く、「岩本商事」の金融業には投入されていないのである。

(四) これらの点を見てくると、一応、現時点から、詳細を検討し、受取利息収入が、岩本個人のものか、被告会社のものか、二者択一の関係にあることを前提とすると、(即ち、共同の企業体のようなものが主体として認められない以上)、客観的には、とりあえず、岩本個人というよりも、被告会社に帰属するものと考えられるとしても、そのことは、一見誰にとっても明白というようなものではない。

2 帰属についての認識

(一) 受取利息の帰属が、右の通り、極めて微妙な状態にあり、廣田も岩本も、一々、帰属の問題を認識していたわけではなかったため、原審弁護人も述べる通り、廣田らにとって、受取利息収入が、被告会社の収入であるとの明白な認識はなかった。被告会社の簿外資金とこれらの利息が相当混同していたことはあるが、むしろ、岩本と廣田の共同の裏金といった認識が強かったと思われる。

3 岩本名義の申告について

右の通りであったため、廣田、岩本らは、受取利息収入を岩本名義で申告することが、被告会社にとって脱税になるなどとは、全く考えていなかった。

それゆえ、岩本名義での申告は、脱税事犯の構成要件にいう「不正な方法」に該当するとは考えられないので、岩本名義の申告と国税逋脱には因果関係もなく、岩本名義で申告された所得金額は、被告会社の所得金額から控除して、税額が計算されるべきものと思料する。

二 推計計算について

1 木材売買に対する金利の重複認定

原審弁護人の昭和五六年一月三〇日付意見要旨第一記載の各取引につき、これらの取引は、木材売買取引であって金利を徴していないことが明白であるにもかかわらず、推計計算により金利を徴したごとく認定している。

原審は、推計率自体が、金利を徴した取引と金利を徴していない取引の割合を重じていることにより、この問題が解決されていると解している模様であるが、妥当でない。国税庁の調査書によると、現金出納帳その他主要帳簿のない期間においても、反面調査メモなどその他の証拠により現実の利息が認められれば、その場合は、その利息金額を推計期間内といえども利息として認定しているのであるから、右に指摘した木材取引であることが明白となった。即ち、金利を徴していないことが明白となった取引については、利息を零とし、その余のいかなる資料をもってしても判然としない部分についてのみ推計の方法を用いるべきである。

2 書換金利の重複認定その他

その他原審弁護人が右意見書で指摘している佐野鉄工所、市川、イケモク等との取引についても同様の問題が存する。

第二 量刑不当

一 脱税の動機―貸倒等

被告会社が、簿外資金の形成をしようと考えたきっかけは、検察官も、原審冒陳で指摘の通り金融業には、常に多額の貸倒の生ずる処があり、材木売買においては、取引相手が資産的裏付のないブローカー等が多かったため、いつ、突発的な倒産劇などにより、臨時の資金が必要となるかわからなかったことなどから、資金を蓄積しておく必要に迫られたことにある。現実に、例えば、昭和五三年二月決算時において、金融面の貸付残は、三億円近くにのぼっているものの、そのうちの約一億円程度は、事実上回収が不可能か、極めて困難なものとなっており、その内約四、〇〇〇万円強は、検察官自身も公訴提起前に貸倒として認容しておられる。そして、その余についても、昭和五四年度以降、被告会社は、貸倒としてこれらの貸付金を損失計上しているのである。

このように、本件は単純に利得目的のための国税逋脱ではなく、多額の貸倒等に企業として対処しうる、いわば、企業の存立のための、基礎的な資金構成の必要に迫られてなされたものであって、この点は本件の量刑にあたり十分考慮されねばならない。

二 態様の非計画性

1 岩本名義の営業、申告

(一) 昭和四八年三月にサンケイ総業が設立され、同年八月、以前、廣田個人がそれまで営んでいた金融業にいやけがさし、一部(八五九万円)を岩本に譲り、残り(一億円強)についても廣田がその管理、運用を岩本に委ねた時点において、岩本名義の金融業の営業が、相当程度、廣田個人の支配、影響を受けるのはやむないとしても、一応少くとも株式会社サンケイ総業と別個独立の営業であったことは疑がない。そして、この当時の会社の営業は、主に不動産業であって、岩本の営業と重なり合う部分も少なかった。

(二) 岩本商事の資金と、サンケイ総業の資金が混同したのは、昭和四九年後半、会社が材木売買に手を染め、ブローカー、バッタ屋的な仕入先からも現金買いをするなどの必要から、膨大な運転資金が材木部門で必要となり、また金融の取引先と材木仕入先が重複するなどしはじめてからのことなどである。

(三) その後、確かに資金の流れとしては、会社と岩本商事の資金は混同し、岩本商事は客観的には、会社の一部門の如き状態となったが、それでも「岩本商事」で営業を続けたのは、断じて、税務対策上のことではない。税務対策上はそのようにすることは何らの利益はない。

岩本商事名義で金融業を続けていたのは、(1)元来、独立の主体で申告していたのでそれを続けたこと。(2)金融業の届出は岩本個人になっていたこと。(3)会社の目的に金融業が含まれなかったこと。(4)銀行から資金を借入れるに際し、会社が金融業を営んでいると融資が難しくなること。等々の事情からであって、これらの事情は今も変らないため、現在も金融業は、岩本商事名義でなし、但し、申告は会社名義でなす方法をとっている。

(四) 以上であるから、岩本商事名義での営業と申告自体は、何ら脱税目的のものでないこと、前に述べた通りである。

2 その他の名義について

その他の架空名義、例えば、正進材木、菊池木材等についても、当初は、税務上の問題ではなく、ブローカーと取引する際の緩衝剤的なもの、ブローカーへの名義貸につかったもので、当初より脱税目的でなしたものではなく、本件脱税事犯はその態様からしても計画的ではなく、違法なものでもない。

三 違法性の低さ―違法性の希小性

1 犯意の希薄さ

検察官も、原審論告において被告人の犯意につき、「営業方針につき概括的な報告を受け、抽象的ながらも指示を与えていた」と述べ、廣田が、具体的な逋脱の指示をしたことまでは認めていない。弁護人は、逋脱の犯意につき概括的犯意で足るとの検察官の見解を争うものではないが、その認識の程度は、量刑において当然考慮さるべきものと考える。

2 逋脱金額

本件において、所得税額の逋脱率は決して低くはない。しかし、ここでは、先にも指摘した通り、岩本の公表金額が全く含まれておらず、被告人の納税態度をはかる指標としては、この数字は不適切である。

四 税額の完納、その後の状況、反省等

1 税の完納

被告の会社は、査察後、修正申告し、既に本税は完納し、重加算税、延滞税もすでに大半を納付している。数千万円に及ぶ法人税逋脱事案においては、実質的に法人を倒産せしめ、事実上税の回収を不能ならしめる例が多いが、それらに対し、被告会社の、査察後の納税態度は高く評価されるべきであり、この点は、他の同種事案と比較し、罰金の量定に十分考慮しなければならない。

2 本件査察後、被告会社は、それまでの申告のときにのみ税理士を頼むという方法を改め、岩本も複式簿記を学び、毎月税理士の関与のもとに、適正な経理処理をなしており、反省の色は極めて顕著であり、再犯のおそれもない。

第五 結論

以上の通りの諸情状を考えると、被告人株式会社サンケイ総業に対する原審の罰金二、〇〇〇万円の量刑は重きに失し、破棄を免れない。

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